ドラマ『ハゲタカ』と競業避止。「富は問題にならぬ」とオーナー経営者に伝えたい

M&A

私はM&Aの仲介やアドバイザリーを行う立場の人間ですから、企業オーナーが売却を決断してくれないと、報酬を得ることができません。なので売却を躊躇させるような記事を書くのもアレなのですが…。

それでも後悔はしてほしくありませんので、今回は「競業避止」について、個人的に大好きなドラマである『ハゲタカ』(NHK)を参考に解説したいと思います。

競業避止とアイデンティティ

M&Aで会社を売却したオーナーには競業避止の義務が課されます。簡単にいうと「これからは売った会社と競合するビジネスをしてはいけませんよ」という契約です。

買った側からすれば、前のオーナーが新しい会社を作って同じビジネスをやり出したら、顧客を奪われたりして、買収した意味がなくなってしまいますから当然ですね。

会社法では以下のように

事業を譲渡した会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。

と定めてあるだけですが、株式譲渡の場合であっても、売主が個人であっても、ほとんどのM&Aでは契約書に競業避止の規定を盛り込みます。

これに対して文句を言う売り手はいませんし、みなさん当然のこととして受け入れています。しかし、中には売って数年してから「競業避止さえなければ」と後悔する人もいます。会社を売却し引退してのんびりしているうちに再び事業意欲がわいてくることは珍しくありません。そしてその時に「自分はかつてやっていたあの仕事が一番好きだったのだ」と気づくというパターンです。

滅多にあることではありませんし、M&Aの段階で未練タラタラでもない限りはそこまで心配する必要はありません。しかし、「この仕事こそが自分のアイデンティティである」と認識しているのなら、数年後に後悔する可能性はゼロではないでしょう。

☑︎会社売却後の人生を後悔する人の特徴。お金持ちになって悠々自適とはいかない

ドラマ『ハゲタカ』の話(ネタバレ注意)

2007年にNHKで『ハゲタカ』というドラマが放送されていました。原作は真山仁の小説です。経営者の中にも見ていたという方がけっこういらっしゃいまして、その多くが「あのドラマは本当に面白かった」と言います。

ここから若干のネタバレを含みますので、これから見ようと思っている方はご注意を。

『ハゲタカ』の主人公は外資系ファンドであるホライズン・インベストメント・ワークスの日本法人代表の鷲津政彦(演:大森南朋)です。鷲津はバブル崩壊後の日本の不良債権や株式を安く買い叩いて転売することで莫大な利益を上げるダークヒーローとして描かれています。

そしてそのカウンターパートとして描かれるもう一人のキーマンが、三葉銀行のエリート行員・芝野健夫(演:柴田恭兵)です。芝野は不良債権や倒産寸前の会社をどうにかしなければという危機感を持ってはいますが、人の気持ちを踏みにじるような強引なやり方は良くないと思っているタイプです。とはいえ完全な善人でもありません。この鷲津と芝野が様々な企業の買収で対決しながらストーリーが進んでいきます。

なぜ36億円を貰える権利を蹴ってまでファンドビジネスに拘ったのか?

ドラマの最大の山場は総合電機メーカー「大空電機」の買収です。ホライズン・インベストメント・ワークスは大空電機を買収した後で事業をバラ売りして利益を出そうとします。この買収で鷲津は米国本社の意向に逆らってスタンドプレーに走りファンドを解雇されてしまいます。

なぜ鷲津が本社の意向に逆らったのかというと、大空電機をバラ売りすることは良くないことだと思っていたのでそれを阻止するためでした。実は鷲津は冷酷なファンドマネージャーではなく、彼なりの方法で国の経済を再生させたいと願う熱い男だったのです。

そのことを知った芝野は鷲津の元を訪れ

もう一度ファンドを…、ファンドビジネスをやる気はないのか?

と質問をします。

これに対して鷲津は

私は退職時にホライズンから、36億円に上る分配金の掲示を受けました。
受け取れば、契約上、向こう10年、ファンドビジネスに関わることはできない。

と言います。

競業避止ですね。莫大な退職金と引き換えに従業員に課されることもあります。

36億円も貰えれば、もう仕事せずに悠々と生活したほうが良さそうなものですが、鷲津はさらに続けてこう言います。

それは、私に死ねということだ。私は、それを断りました。

要するに36億円を貰わない代わりに、競業避止もないのでファンドビジネスができるということです。

なぜ鷲津は莫大な金を蹴ってまでファンドビジネスを続けることを選んだのでしょうか?

理由は「それは、私に死ねということだ」というセリフにもある通り、ファンドビジネスが彼にとってのアイデンティティだからです。

実は鷲津も元々は三葉銀行の行員だったのです。そこで貸し渋りを命じられ、取引先の社長を死に追いやったことで退職し、アメリカに渡りファンドビジネスの世界に入ったのです。

そして自分にファンドマネージャーとしての才覚があること、それによって世の中を変えることができることに気づいたのです。

ファンドマネージャーとしての能力を世の中を良くするために使うことこそが、鷲津にとっての「生きる」ということなのです。だからいくら積まれても、辞めることなどできないのです。

M&Aを検討しているオーナーはぜひ『ハゲタカ』を見ましょう

ということで、会社売却を考えているオーナーさんも会社を売却する前に、ぜひ自分のアイデンティティを見つめ直してみてください。

というより、ぜひ『ハゲタカ』を見てください。本当に面白いドラマです。登場人物の一人一人に葛藤があり、誰に感情移入できるかが、その時に視聴者が置かれているシチュエーションによって大きく変わる気がします。それくらい重厚なドラマです。

ドラマに出てくるのは上場企業のM&Aなので、未上場の中小企業のM&Aとは違う部分もありますが、とても参考になるドラマです。キーマン条項(※1)の話なども出てきます。

それから、エンドロールに名前が出てきますが監修は経営コンサルタントの森生明氏です。同氏の著書『会社の値段』や『バリュエーションの教科書』は多くのM&Aのアドバイザーが読んでいる名著です。また、経済考証には佐山展生氏や山本礼二郎氏といった、M&A界の大物が関わっています。

このように多くの専門家が監修しているため、用語や金融の仕組みについても、きちんと筋が通った内容となっています。もちろん大袈裟な演出部分もありますが…。それとこのドラマの翌年にリーマンショックが起こったということを考えながら見るとさらに興奮度が増します。

個人的には芝野が銀行を辞めるシーンで「私は44です。人生の折り返し地点はとっくに過ぎています。ですが、残りの人生、自分に言い訳しながら生きていくには、長すぎます」と言うところが名シーンです。

ただ「退職願」と書かれた封筒は中身もきちんと入れておいて欲しかったです…。光で透けて中身が入ってないのが見えてしまっていました…

(余談ですがテレビ朝日でも2018年に同じ原作で綾野剛主演の『ハゲタカ』が放送されています。賛否ありますが個人的にはこちらも面白かったです。内容はほとんど同じですけれどね)

※1 キーマン条項:M&Aの際に売り手側の経営者や特別な技術を持つ従業員が一定期間は会社に残ることを定めた条項。

富は問題にならぬ(Riches I hold in light esteem)

このドラマはストーリーだけではなく、音楽も良いです。特にエンディングの『Road To Rebirth〜a chainless soul〜』(歌:tomo the tomo)が素晴らしいです。

初めて聴いた時は洋楽かと思ったのですが、作曲が佐藤直紀氏になっていまして、歌っているtomo the tomo氏も日本人でした。

歌詞は19世紀イギリスの小説家エミリー・ブロンテの「Riches I hold in light esteem」という詩なのです。この詩に佐藤氏が曲をつけたのです。

詩のタイトルを日本語にすると「富は問題にならぬ」です。詩の全文を見ると、富も恋も名誉も要らないという内容です。

では何を求めるかというと「Liberty(自由)」なのです。まさにこのドラマにピッタリの内容です。

もちろん自由の定義は人によって異なります。お金の心配がなくなるのも「自由」の一つの形です。どんな仕事をするか選べるのも「自由」です。

M&Aでどんな自由を求めているのか、じっくりと考えてみてはいかがでしょうか?