M&Aの手順の中で、売り手と買い手がお互いに契約を先に進めたいと思ったら「基本合意書」を締結します。英語で「MOU(Memorandum of Understanding)」と呼ばれたりもします。
「ここまでくればほぼ100%の確率でM&Aが成約するんでしょ?」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
基本合意書を締結した後に破談となるケースも多いのです。「それでも9割方は成約するんじゃないの?破談になるのは特殊な事情があるときだけでしょ」と思うかもしれませんが、成約する確率はもっと低いです。
個人的な感覚として、基本合意書を締結して最終契約までいく確率は9割ありません。3割近くは破談になっているのではないでしょうか?
ということで、今回は基本合意書は何のために結ぶのかと、締結後に破談になるのはどんなときかということを書いてみたいと思います。それとなぜ中間金を取る仲介会社やアドバイザーと契約するべきではないのかということも説明します。
基本合意書に法的拘束力はない!じゃあなぜ結ぶの?
基本合意書には金額や、独占交渉権を与える旨、売り手の重要な財産の処分を禁止する旨などが定められていることが多いです。パッと見は効力が強そうな契約書に見えます。しかし、一般的には基本合意書の中の「株式の譲渡」に関する部分に法的拘束力はないとされています。これが法的拘束力のある「最終契約書(株式譲渡契約書等)」との違いです。
ですから買い手が「やっぱり買うのはやめます」と言っても、売り手は賠償を請求することはできません。もちろん、双方が納得した上で株式の譲渡に関する事項に法的拘束力を持たせたり、内容が厳密で契約書として有効であると裁判で認められれば別ですが…
ではなぜ基本合意書を締結するかといえば、「独占交渉権」と「守秘義務」「精査への協力」といった部分については効果が発生する内容にするからです。ですから基本合意書を結ぶことで、他の相手と交渉はできなくなりますし、その後に行われる精査(デューデリジェンス)によて知り得た情報を秘匿する義務が生じます。売り手側にもデューデリジェンスに協力する義務が発生します。
また、スケジュールが決まったり、双方で協力して進めていきましょうねという合意形成もできます。
☑︎M&Aの流れと期間!平均は半年から1年半、早いと3ヵ月で最終契約が成立
基本合意書を締結した後にM&Aが破談になるパターン
冒頭でも申し上げた通り、基本合意書を締結した後でM&Aが成立しないことは珍しくありません。というのも基本合意書を締結するタイミングというのは、精査(デューデリジェンス)の前だからです。
もちろん事前の交渉段階から、買い手は売り手企業の情報を調べ、この会社を買いたいと思うから基本合意書を締結するのです。しかし、デューデリジェンスで財務諸表などを細かく見ていく中で、「おかしいぞ」ということが出てくる場合も少なくありません。そういった場合に「やっぱり買うのやめます」となるのです。
具体的には次のようなケースで基本合意書を結んだ後に破談となります。
1. デューデリジェンスでの問題発覚
基本合意書締結後、買い手側はデューデリジェンスを通じて対象企業の詳細な調査を行います。この過程で財務や法務、税務、さらには環境面や労働面など対象企業に関する多角的なリスクが明らかになることがあります。例えば、財務状況が実際の報告よりも悪化していたり、未解決の訴訟が発覚した場合、買い手は想定していたリスクよりも高いと判断し、交渉から撤退することがあります。
2. 価格の見直しによる対立
デューデリジェンスによって新たな情報が得られると、買い手は提示価格の再検討を行うことがあります。これは、企業価値の再評価によって価格を引き下げる要因が見つかることが背景にあります。売り手側がこの価格修正を受け入れられない場合、交渉が決裂し、破談に至る可能性が高まります。特に中小企業のM&Aでは売り手側が会社への愛着や期待する価格に固執する傾向が強いため、価格の再交渉が一層の障害になります。
3. 組織文化や経営方針の不一致
M&Aでは財務的な面だけでなく、組織文化や経営方針の一致も重要視されます。基本合意書締結後の交渉段階でより具体的な内容について話し合う中で、買収後の経営方針や働き方に対する見解の違いが浮き彫りになることがああります。特に従業員の処遇や経営陣の役割について意見が異なると、買い手がM&A後の統合プロセスに不安を感じ、最終的な合意に至らないケースが生じます。
上記以外にも、急激な市場環境の変化や、買い手の資金調達の目途が立たないなどの理由で、破談となることもあります。
☑︎中小企業のM&Aでよくあるトラブル。契約成立後でも問題は起こる
中間金を払ってはいけない理由
基本合意書を締結した後に破談となると、それまでの交渉に費やした労力が双方とも無駄になってしまいます。ですから最初の交渉段階、というよりM&A仲介会社やアドバイザーに相談する段階から、細かなことでも正直に情報を出すことを心掛ける必要があります。売り手はそれほど重要ではないと思っていたことが、買い手にとっては契約のキャンセルにつながるほど重要なことというパターンもあるのです。
また、M&Aが不成立に終わった場合に無駄になるのは労力だけではありません。決して安くはない金額が無駄になることもあります。
M&A仲介会社やアドバイザーの中には中間金を取っているところもありますが、この中間金を支払うタイミングは基本合意書を締結した時なのです。つまり成立しなければ無駄なお金を支払うことになります。
「中間金」というと、大工さんに家を建ててもらうとき、建築の途中で支払うお金をイメージする人も多いかと思います。建築に限らず、完成に向かう途中で支払うものというイメージを持っているのではないでしょうか?
ですから中間金を支払っているのに仕事が完成しないことがあるなどと思う人は少ないかもしれません。M&A仲介会社やアドバイザーと契約する際に「中間金があります」と言われても、「成功報酬の一部を前払いするということね」と感じてしまうのではないでしょうか?
しかし、ここまで説明したように、基本合意書を締結した後に破談となるケースは少なくありませんから、中間金を払ったのにM&Aが成立しないということもあり得るのです。その確率は30%くらいはあると思っていても良いかもしれません。
ですから、中間金を取るM&A仲介会社やアドバイザーと契約することは、個人的にはオススメしません。