M&Aにおいて譲渡企業が黒字か赤字かというのは重要なポイントの一つです。
買い手からすれば、黒字額というのは投資した金額を何年で回収できるか計算するための重要な数字ですから、買収金額の査定にも影響します。なので黒字であるに越したことはないのですが、赤字だからといって売れないということはありません。
そもそも、日本の中小企業の約65%が赤字ということが国税庁の調査でも分かっていますから、珍しいことでもありません。赤字の会社でもその内容によってはM&Aの対象となります。
そこで今回は、どんな会社が赤字でも売れるのか?売れないのか?ということを説明していきます。
赤字でも売れる会社の特徴
まずは赤字でも売れる会社の特徴を見ていきましょう。
1.意図的に赤字決算にしている
意図的に赤字にしている場合は売れる可能性が高いです。
M&A時に行う財務の精査において、黒字か赤字かの判断は損益計算書の数字をそのまま見るのではなく、実質で見ることが多いです。オーナー社長の高額報酬の支払いや、保険・リース契約を利用した税金対策などがある場合に、それをしなかったとしたらいくらの利益が出るかということを計算し直すのです。
とはいえ、そういったことをしてしまう道徳観のなさに拒否反応を示す買い手がいるのも事実です。「オーナーがそういうことをしているなら、従業員も同じタイプが集まっているのでは?」と疑うのです。
2.先行投資による赤字
将来の利益に貢献するであろう設備投資などによって赤字になっている場合もM&Aの対象となります。
過去からの売上や利益と付き合わせることで、その赤字が一時的なものであり、むしろこれから利益がさらに増えることが見込めるのであれば、買いたいという企業は出てくる可能性が高いです。
ただし、その設備投資が明らかに無謀だったり、市場を読めていないものである場合にはこの限りではありません。
3.絶対に真似できない強みがある
たとえ赤字であっても他社には真似できない強みがあれば、買いたいという会社は出てきます。
技術力は超一流なのに経営はイマイチという中小企業であれば、買い手企業のマネジメント力を加えることで利益を出せることもあります。
ただし、「絶対に」真似できない強みということが重要です。誰でも自分の会社は高く評価するバイアスを持っていますから、「この仕事はウチしかできない」と思いがちですが必ずしもそうでないケースのほうが多いです。
例えば痛くない注射針が作れる、といった技術などが絶対に真似できない強みといえます。
4.資産がある
現金に限らず、不動産や設備の整った工場、特許などの資産がある会社も、赤字であっても売れる可能性は高いです。
また老舗としての評判やブランドが評価されることもあります。
ただし、資産を吸い上げることを目的に買収しようとする詐欺師のような買い手もいます。いわゆる吸血型M&Aというものです。
たとえ仲介会社を通じたM&Aであってもこのような被害が出ていますから注意してください。
5.買収する企業とシナジーが見込める
例えば地元で評判のお菓子を作っている会社があったとします。この会社がEC通販をやっている会社と組めば販路が拡大して、売上増が見込めます。
また菓子職人のセンスがウェブデザインに活かせるということもあるでしょう。
このように、買収側と売却側が組むことで、シナジー(相乗効果)が見込める場合には、赤字であっても売れることがあります。
6.専門人材が揃っている
現在は空前の人手不足ですから採用に困っている会社が多いです。
そのような会社が人材獲得を目的に企業買収を行うことがあります。このようなM&Aをアクハイアリング(※1)といいます。
アクハイアリングの場合は多少の赤字は気にしないという企業があります。ITや介護のような専門の人材が必要な業界でこのようなM&Aが見られることが多いです。
【※1】「Acquisition(買収)」と「Hiring(雇用)」を組み合わせた造語
赤字では売れない会社の特徴
ここからは赤字で売れない会社の特徴について紹介していきます。
1.衰退産業である
赤字額が微々たるもので経費削減などによって黒字化できそうな会社であっても、衰退産業の場合は売れないといえます。
買い手からしたらM&Aは成長のために行うわけですから、市場そのものが成長しないと分かっている業界を買収しようとは思わないのです。
ただし、衰退産業であってもその技術やノウハウが新しい分野に応用できたり、買収側とのシナジーが見込める場合は売れることもあります。
2.ビジネスモデルとして成立していない
当たり前すぎることかもしれませんが、構造的にどう足掻いても黒字化できないビジネスをやっている会社は売れません。
そもそも市場がなかったり、運営するのに必要な人数分の人件費を払ったら絶対に赤字になるようなビジネスです。
創業して数年の赤字のベンチャーからの「会社を売りたい」という相談ではこのパターンが意外に多いです。一度も黒字化したことがない分、先述の衰退産業よりも売れる見込みがないです。
とはいえ、新しい分野を何も分かっていない買い手が「AI」と言われただけで騙されて買ってしまっているケースもないことはないですが…
3.借金が多すぎる
売れる会社の特徴でも説明しましたが、必要な先行投資を行ったために赤字となっているのなら売れる可能性は高いです。
しかし、それでもあまりに借金が多いと売れなくなります。借金額が売上高の半分を超えていたら、よほどの成長産業であるか、銀座に土地を持っているでもない限りは売れないと思います。
また、借金が少なくても、それが給料や仕入れに充てるためのもの、要するに事業継続のためのものだとこちらも評価が低くなります。
余談ですが「銀行との付き合いのために敢えて借金をしている」といった話は買い手によっては強い拒絶反応を示しますからやめたほうが良いです。この件に関する価値観は千差万別です。
4.売上高が小さすぎる
売上高が1億円未満かつ赤字という場合には売れる可能性は非常に低くなります。
成長途中のスタートアップであれば別ですが、何年も同じような売上高で赤字と黒字を繰り返しながら、経営されてきた企業は売れにくいといえます。
たとえ黒字であっても売上高が小さいと、属人的なビジネスと評価される可能性が高いです。つまり「経営者が変わったら顧客が離れるのでは?」と心配されるということです。
オーナー経営者の雰囲気で売れなくなることも
以上が赤字でも売れる会社と売れない会社の特徴ですが、もう一つ重要な要因を説明しておきます。
それはオーナー経営者の雰囲気です。赤字の会社を売りたいという相談に来るオーナー経営者を見ていると、その雰囲気はかなり違います。
自力では無理だけれど良い会社と組めば立ち直ると本気で思っている人もいれば、さっさと赤字会社を誰かに押し付けたいと思っている人もいます。前者は問題ないのですが、後者はかなり問題です。
というのもこういった考えは雰囲気から分かってしまうからです。口では「従業員の生活を守ってほしい」と言っていても、本音では早く逃げ出したいと思っている経営者は分かるのです。私だけではなく買い手候補の経営者にもバレます。
オーナー経営者がこのような雰囲気を持っていると、買い手は「大事な情報を隠しているのでは?」と疑いますから、売れる赤字会社だったとしても売れなくなります。
書類上は問題がなくても、経営者のせいで破談となるケースは決して少なくありませんから、誠実でいることが大切です。